五感

謙虚さよりも大切なこと

日本人は謙虚ですばらしいと言われます。

和を大切にするあたたかい文化が根づいているから、とよく言われますが、私はちょっと違うと考えています。

ではなぜ日本人は謙虚なのか。

それは「生存戦略」です。

これはどういうことかというと、謙虚であると得をするということです。

そもそも謙虚さとは、

謙遜(けんそん)で、心にわだかまりのないこと。ひかえめで、つつましやかなこと。へりくだって、つつましやかにすること。また、そのさま。(出典 精選版 日本国語大辞典)

たとえば、誰かに褒められたときに

「でしょー!」と答えるか
「いやいや全然そんなことなくて」と言うか。

前者はちょっとした反発をくらいそうですが、後者だとナチュラルでなんの問題も起こらない。

他にも、テストで成績がよかったとき。

「私の能力と努力だぜ!」と自慢するよりも、「たまたま勉強したところが出て」と言ったほうが角が立たない。

このように、謙虚でいたほうが

批判されにくい
陰口を言われにくい
かわいがられる
協力してもらいやすい
信頼されやすい

というメリットがあります。

だからみんな謙虚でいるようにしている。

つまり、日本で謙虚さが美徳とされるのは、人格的に立派だからというより、周囲との関係を円滑にし、信頼を得やすいという大きなメリットがあるからなんですよね。

日本社会では「自分で言う」より「人に言ってもらう」方が強い

もうひとつメリットがあります。

それは「権威づけ」です。

日本の伝統文化である茶会では、お茶を出す「亭主」の他に、「正客」という役割があります。正客はお客さんのリーダとして亭主と話をする役割なのですが、誰も正客になりたがりません。

何十年と茶道をしている方でも、「いや、私にはできません」「〇〇さんお願いします」「いえ、△△さんお願いします」と繰り返し、なかなか茶会が始まらないことがあります。正客の席は誰も座らないから空いたまま。

大人の女性が、いやいや、どうぞどうぞとお互いに言い続けている光景は、志村けんがコントにしてもおかしくはありません。

話が脇道にそれましたが、この一連の譲り合いには理由があって、自分から「正客をやります」と立候補するよりも、周囲から推薦されて、「では未熟ではございますが」と正客を担うことがずっと効果的なんですよね。

それは、「周囲から評価されている」という事実が、正客を担う根拠になるからです。自分から「できる」と言うよりも角が立ちません。

うがった味方をすると、謙遜しながら正客を務めることで、できなかったときの言い訳にもなります。

 

海外では、自己アピールは大人の責任

一方、海外では、 自分からアピールしなければ誰も察してくれないし、代わりにアピールしてくれることもありません。

自分の強みは自分で伝えることが求められます。

「言わなければ伝わらない」
「自己アピールは誇張ではなく説明」
と考えられています。

彼らにとっては自己アピールをするほうが得だから、そのように習慣化されている。

海外の方がすごいとか、日本の方がよいとか、そういう話ではありません。

行きすぎた謙虚さの問題点

一方で、謙虚さが問題になることもあります。

「自分にはできない」と遠慮するあまりに、新たな挑戦のステップを踏めないこと。

積極的に挑戦している人に対して僻むこと。

たとえば、茶会で正客を担ってくれた人のことを陰でいろいろと言う。「あの人こうだったね」「ここ間違ってたよね」などなど。

もし正客に自ら立候補した人がいたとしたら、「自分から立候補するなんて」とよく思わない人もいるでしょう。

そうなる気持ちは分からないでもありません。

でも、であれば、自分が正客を担えばいいのです。

チャンスを掴み取ろうと自ら立候補した人に、「マナー違反だ」と批判するのはお門違いです。

たしかにお互いに譲りあうという暗黙の了解はやぶっているのかもしれません。

でも、自分が「立候補しない」という選択肢をとったのであれば、正客を支え、茶会がよいものになるように、各々でできることをすべきです。

本当は立候補したいという欲求が己にあると気づいた場合は、周りの目が怖くても、ご自身の望みを叶えてほしいと思います。

 

謙虚には2種類ある

ここまで見てきたように、謙虚には2種類あります。

1. 防御としての謙虚
目立ちたくない。責任を負いたくない。批判を避けたい

2. 成長のための謙虚
自分の未熟さを認める。先達に学ぶ。努力を続ける

本当に価値があるのは後者です。

 

茶道に見る「成長のための謙虚さ」

茶道では多くの方が、たとえ40年間続けていても「まだまだ道半ば」 と仰います。

道具や季節、学び続ける姿勢、師や先人への敬意を忘れません。

対して現代は、検索すればすぐに答えが出てきます。曖昧な質問でも、AIがよしなに察して答えてくれます。AIを使えばなんでも分かると思ってしまいがちです。

茶道はその対極にあります。

学べば学ぶほど、分からないことが出てきます。

進めば進むほど、迷うことが増えます。

でもそれが人生じゃないでしょうか。

すぐには分からない。だからこそ分かったときの喜び、できたときの喜びがある。

私は茶道の魅力をここに見出しています。

私が思う、現代に必要な謙虚さ

現代に必要な謙虚さとは、常識や周りの目を気にして自らを小さく見せたり、チャンスを遠ざけたりするものではありません。簡単には分からないことに向き合い、自らの現在地を知り、努力し続ける。そういう在り方だと私は思います。

やりたいなら手を挙げよう。

手を挙げないなら、リスクをとった人にケチをつけない。

「あれもこれもできていない」といった粗探しではなく、協力していい場を作り上げることに徹する。

そういう人たちと、道をともにしていきたいです。

茶道では、「自分を大きく見せる」ことよりも、 季節や道具、そして目の前の人から学ぶ姿勢を大切にします。 そんな静かな時間の中で、 日本文化の背景にある価値観を一緒に味わってみませんか。

オンライン茶道体験や喫茶室では、 お茶をいただきながら、こうしたテーマについてゆっくり語り合っています。

興味のある方はぜひお気軽にDMください。お話しできることを楽しみにしています。